SSブログ
前の10件 | -

マレーシア・シンガポール7日間(その6) 最後はシンガポールで〆 [旅行]

朝、カヤジャムをたっぷり塗ったトーストを口に運べば、口いっぱいに広がるココナッツミルクの香りに、瞬く間に南国の強い陽光、しめってけだるい空気、風に揺れるヤシの葉が思い浮かぶ・・・

夜は、浴室でFragonardの石鹸の香りをかいで、白亜の宮殿ラッフルズに思いを馳せる・・・

・・・

と書いてはみましたが、カヤジャムはとっくに食べ終わってしまったし、Fragonardの石鹸は、東京がシンガポールみたいに暑くなったら使おうと、まだ大事にとってあります。

今回4度目のシンガポールでしたが、ラッフルズの手土産でKAYAをいただくまで、この存在を知らずにいました。シンガポール名物だったのですね。今調べたら、ラッフルズの名前の入った商品がAmazonで買えることが分かりました。なんと、1,890円・・・

今回は午前中付いていた半日観光に真面目に参加し、リバークルーズを楽しんだり、例のマリーナ・ベイ・サンズを見に行ったり、なかなか楽しんできました。位置が変わってからのマー・ライオンも見に行ってなかったので、まあよかったかも。ここでもJTBのツアー客が30人ぐらいの団体で観光していて、う~ん、こういうのって疲れそう、、、と思ったのでした。マリーナ・ベイ・サンズは、ちょっと遊園地的で私の好みではない。少し騒がしすぎるし。ガイドさんによれば、チェックインに1時間以上かかるとか、バスタブのない部屋でも何万円もするらしく、それでも泊まっているのは日本人ばかりとか・・・話のタネに一度行けばいいかな、というところです。

私にとって、この半日観光の一番の目玉は、グッドウッド・パークでのランチです。グッドウッド・パークと言えば、ガイドブックのクラシックホテルの紹介で、必ずラッフルズの次に紹介されるホテルです。それがどんな雰囲気のところなのか、マリーナ・ベイ・サンズよりもよっぽど興味がありました。

予想通り、ロビーはとても落ち着いた雰囲気で◎。ランチに選んだ飲茶も予想以上においしく、絶対残すだろうと思った粽もペロリと平らげてしまったところを見ると、とても胃にも優しい料理のようで、これは期待以上の素晴らしさ。

ただ、この飲茶のレストランからプールが丸見え。これではプールサイドでくつろぐのは無理だろうし、それがプールでだらけるのが大好きな我が家としては大きなマイナス評価になってしまうのでした。

それで午後はラッフルズに戻り、屋上のプールでのんびり。ここは小さいながらも他から隔絶された心地いい空間です。ここで私は、クアラルンプールから引き続き、ヨガの本を読みふけっていました。

夜は4度目にして初のナイト・サファリ! 今回初めて、他のグループと一緒の行動です。それでも総勢5名。ナイト・サファリの駐車場には、JTBの大型観光バスが何台も停まっていて、これほど多くの日本人が来るのかと驚き。しかも、夕食会場に連れていかれた場所を見渡すと、周りには日本人しかいない! ちなみに、ここの食事は予想以上においしかったです。その上、回るトラムも日本人専用。まあ、一般客は2時間ぐらい待たなければ乗れないようなので、事前予約で待たずに乗れるのは有難いけれどね。。。ただ、こんな時間ばかり過ごしていると、海外に来たとはとても思えないと思うのは私だけでしょうか・・・

ラッフルズは、9か月前に来たばかりでしたが、スタッフはほとんど入れ替わっているようで、受付の女性、プールサイドでタオルを片づける中国系のおばさんぐらいしか、同じ顔の人はいませんでした。あ、インド人の有名なドアマンはもちろん健在です。なので、プールサイドやレストランのサービス、バトラーも、どうも物腰がアルバイト的に感じられる人がいて、これほどの高級ホテルとしては正直物足りないものを感じてしまいます。なかなかスタッフは定着しないのですね。

しかし、ここの朝食は素晴らしく、一番のお気に入りはヨーグルトです。確か、プレーン、ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、アプリコットの5種類があり、私たちはいつもお皿にこんもりと盛って、滞在中にすべてを味わえるようにしています。また、ここのハウス・シャンパンは、ビルカール・サルモン。ラッフルズ130周年?のスペシャル・キュヴェをアフタヌーン・ティーでいただいて、すっかりご機嫌になったのでした。

これでこの旅の記事は終わりです。なかなか移動も観光も多く(我が家にしては)、充実していましたが、帰ってからどっと疲れが出ました。ただ、大抵食が合わずに痩せてしまう私が、1キロも太ったというのは、マレーが性に合っているということでしょうか。。。しかも、慢性じんましんも以前記事に書いてからも散発的に発症していたのに、この後はピタリと出なくなってしまいました。。。将来の移住先候補の一つは、マレー半島でしょうか???

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

マレーシア・シンガポール7日間(その5) マレー鉄道でシンガポール入り [旅行]

翌日は9時半にホテルを出発。いたってのんびりなスケジュールですが、我が家にとってはこれが最高のペースです。ゆっくり朝食をいただき、ゆったりと旅支度を整えます。

この日はこの旅のハイライト、マレー鉄道に乗ってシンガポール入りを目指します。マラッカから最寄のタンピンという駅から乗車し、シンガポールまでなんと4時間45分。自動車でも同じぐらいの時間のようです。

タンピンには出発からだいたい50分ぐらいで到着。マラッカの市街を抜けると、何もない熱帯のジャングルの中を行き、「果たしてこんなところに駅などあるのかなぁ」というところに駅はありました。駅の前には、イスラム寺院と仏教寺院が仲良く並んでいるだけでした・・・

しかし駅のホームは改良工事中で真新しくきれいです。ただ、駅舎は古く、トイレも汚い・・・待つ人たちの中には、日本人夫婦1組もいて、どうやらJTBか何か別のツアーでいらしたようです。やはり私たちのように、ガイドが手配したお弁当のようなものを持っています。想像するに、マレー鉄道の中でも食事は買えるのですが、おそらく日本人の口に合わないのでしょう。ツアーが違えど、日本人対応としてこの辺り一貫しているようです。そういえば、マラッカにはジャスコのスーパーがあったから、それなりになんとかなるのかもしれません。

その夫婦は普通席の車両が停まるところで列車を待っていましたが、私たちは一等車の車両が停まるところまで移動します。ガイドさんによると、JTBは2等車、JALパックは1等車、だそうです。

列車は幸い時刻通りに到着し、席に案内してもらうとマレーシアのガイドさんとはここでお別れ。列車は、ある程度は想像していたものの、とても古くて汚い。座席の布のカバーはところどころ破れているし、プラスチックの肘掛は、部分的に欠けていたり。トイレももちろん汚いです。窓は広いけど汚れていて、残念ながら景色はよく見えません。その景色も行けども行けどもヤシの木の森が延々と続くばかりで、あまり変化に富んでいません。まぁ、今思うとどうやって4時間45分を過ごしたのか謎ですけれど、もう乗ることもないと思うといい思い出です。また、ガイドさんが用意してくれたお弁当も意外とおいしく、しっかりいただいてしまいました。

ガイドさんによれば、マレーシアでは高速鉄道の建設はすでに決定していて、残念ながら日本の技術ではなく、中国とドイツの技術を導入するようです。そうなると、クアラルンプールとシンガポール間は、確か東京・大阪間ぐらいの感覚で行き来できるようになるそう。それが出来たらまた乗りに行きたいものですが、そうなるとこのマレー鉄道もこれが最後。そう思うと、貴重な経験をしたものです。

さて私たちの乗った列車は、若干のおくれで国境の町ジョホール・バルに到着です。十数年前に来たはずですが、まるでその時の雰囲気と違う感じ。駅のホームは真新しいようです。ここで、マレー側の担当官が乗車して、パスポートをチェックし、出国手続きを行います。一人一人行うため、じっーと待つしかありません。

しばらくして再度列車は出発。さすがに海峡を渡るときは感激でした! 十数年前は反対からバスで来たわけですからね。再び形を変えて訪れることができるというのは、幸せなことです。

シンガポール側の駅で下車し、入国手続き。カウンターはたくさん開いていて、きわめてスムーズ。何の支障もありませんでした。

ここでシンガポールのガイドさんと合流。今日は鉄道が順調に来たとのことで、ほとんどこういうことはないからラッキーだとのことでした。

来る前から予想したことですが、シンガポールに来るとかなりほっとします。戻ってきた~、とでもいう感じです。やっぱり発展の度合いも高いですし、去年の3月に来たばかりだから・・・

では最後のシンガポールはこの次に。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

マレーシア・シンガポール7日間(その4) 古都マラッカ [旅行]

マレーシア滞在3日目はマラッカへの移動と観光です。いよいよ、これからがこの旅のハイライトです。

クアラルンプールのホテルを午後1時に出発し、2時間ぐらいで着くと聞いていたのですが、道路がひどい渋滞です。ガイドさんによれば、この日は土曜日で翌月曜日のクリスマスまでの3連休の初日のせいで、みな郊外にレジャーに出かけているのだろうとのこと。マラッカまではおそらくつながっておらず、途中のセレンバンというところまでじゃないか、とのことでした。

しかし、2時間の予定が、到着したのは4時半過ぎ。予定されていたニョニャ博物館はすでに閉館時刻を過ぎてしまい、中を見学することはできませんでした。

前から行きたいと思っていたマラッカ。期待にたがわず素晴らしいところでした。ポルトガル、オランダ、イギリスの文化と中国の文化が今でも混在し、混沌とした中に独特の風情、異国情緒があふれています。また、小高い丘の上にあるセント・ポール教会から眺めるマラッカ海峡とマラッカの街並みの景観も素晴らしい。とても印象に残りました。かつて、ここを拠点として貿易活動が盛んだった時代に思いを馳せて街を歩きます。たまに、明らかにポルトガル人の子孫と思われる顔だちをした人を見かけます。また、極端に背の低い人も多く見かけました。この人たちがプラナカンなのかしら?

一通り回った後ホテルの部屋から、蛇行する運河とその河を行くクルーズ船(というか屋形船?)を見たときに、「あぁ、もっと時間がほしかった。もっと自分で街歩きをしたかった」とつくづく思ったのでした。運河クルーズもしたかったし、チャイナ・タウンを土産物をひやかしながら歩いてみたかったと思いました。

そこでプランニングの提案です。このツアーでは、クアラルンプールのフリータイムが前の日の午後と移動日の午前とで延べ1日ありますが、これを幾分削ってマラッカでの時間をもうちょっと取った方がいいと思いました。渋滞がなかったら結論が変わるかもしれませんけれどね・・・

さてマラッカでのホテルはマジェスティック・ホテル。とてもクラシックな本館と新しい客室棟があります。本館の外観も内装も、部屋の内装もとてもクラシックですっかりお気に入り。部屋の床は板張りですし、浴室も広くてシャワーはヨーロピアンスタイル。浴槽は猫足です! しかし、冷蔵庫の水がサービスだとの説明がなかったり、電気のマスターの位置とかファンの止め方とか、案内が不十分でちょっと手間がかかってしまいました。。。

夕食はツアーにセットされているものでしたが、3種類から選べるというもので、せっかくだからと名物ニョニャ料理をいただくことにしました。その前に10分ぐらいの時間を利用して、ホテルの素敵なバーで白ワインをグラスで一杯いただきます。オーストラリアのソービニョン・ブランで素晴らしい味わい。まさにポルトガル人の末裔の人がサービスしてくれました。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

マレーシア・シンガポール7日間(その3) マンダリン・オリエンタル・クアラルンプール [旅行]

クアラルンプールのマンダリン・オリエンタルは、香港、バンコクに続いて3つ目のマンダリン・オリエンタルです。ウェブサイトでペトロナス・ツインタワーやプールの写真を見て、「これは好みだわ~」と行く前から期待感は最高潮でした。

実際滞在して最も印象的だったのは、朝食のビュッフェの豊富さとプールのしつらえ。

まずビュッフェですが、朝食だけで何日も泊まりたい~と思ったのはこれが初めてかも。

とにかくメニューが豊富です。通常の洋食のものでも、冷製・温製が豊富ですし、サラダが多いのも◎。中華・和食ももちろんあり、和食でビックリだったのは茶碗蒸しです。大好きなので、喜び勇んで取りましたが、だしはコンソメでまたもやビックリ。点心も種類は多くはありませんでしたが、もちろんチョイス。さらに、生野菜より火の通ったものが食べたいと思う私にとって、中華風炒め野菜があるのは何より感激なのでした。もちろん、大量にお皿に運びます。また、マンダリン・オリエンタルで欠かせないのがお粥。一口、口に運んだとき、バンコクで食べた感激した味を思い出しました。ここのお粥、大好きなのです・・・この後、マラッカのホテルやラッフルズでも毎朝お粥を食べました。後者のお粥は弱い塩味のみで、食べる人の好みでトッピングすることにより味を調えるような趣向のお粥だと思うのですが、マンダリンのはいくぶんおだしの味がついています。それがおいしいんですよね(化学調味料でないことを願いますが)。しかし、パンコーナーに行って困ったことが起こりました。どのパンもおいしそう~。種類も多い!デニッシュ類も多くて、しかもまたおいしそう・・・でも、お粥を食べたらパンはちょっと難しい。しかも2日しかないから、これらを全部網羅するのは到底無理・・・・そこで、朝ごはんだけでも何日も泊まりたい・・・という結論になるのでした。ヨーグルトもまた種類豊富で、楽しい。と言っても選ぶのは大抵プレーンなのですが。

次はプール。午前中クアラルンプール観光を終えると、さっさとホテルのプールへ。ウェブサイトの写真通りに素晴らしいプール。当然という感じですが、インフィニティ・プールとなっていて、そこから先が実際に谷のようになっています。さらに先は熱帯雨林の森が少しあり、高層ビル群はその森の先となっています。このため、大都会にありながら、高いビルに囲まれてうっとおしいことがなく、なんだか南国リゾートにいるかのよう。プールサイドに流れる空気や雰囲気もかなり好みで、久々にうっとりした気分を味わいました。というのも、昨夏ブセナテラスに行ったときに、「こんなに完璧なリゾートのしつらえなのに、なんで感激しないのだろう」って不思議に思っていたのです。もうリゾートに慣れてしまって、新鮮味を感じないのかしら、とちょっとさみしい気分になっていましたが、まだ感動できる、ということに感動。

こんな感じで、かなりお気に入りホテルの一つにランクインしたマンダリン・オリエンタル・クアラルンプール。朝ごはんを食べて、一日プールでのんびりし、たまにスパでお手入れしてもらい、と1週間ぐらい自堕落な日々を送ってみたいなぁと夢想するのでした。
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

マレーシア・シンガポール7日間(その2) クアラルンプール1日滞在 [旅行]

翌日の午前中は市内観光。

以前、東南アジアの都市のどこに行こうか調べていたときに、クアラルンプールも行ったことがなかったので一つの候補になったのですが、どうも観光すべきところがあまりない・・・と思って却下となったことがありました。今回、改めて市内観光で訪問する場所をガイドブックで見てみましたが、やはり他の都市、例えばバンコクやシンガポールに比べ、貧弱な印象なのは否めません。とは言え、バスでぐるぐる回る観光はちっとも好きではない私たちは午前中で終わりかと思ってほっとしているのでした。

JALパックのツアーは、個人旅行に近いので、その点融通が利いてらく。自分達のペースを維持できるだけでもストレスが少ないというものです。ただ、逆にガイドの良し悪しの直撃を食らうのですが、台湾の時の悲惨さに比べ、今回のガイドは私たちとchemicalが合うようで、居心地のいいものでした。

巡った場所は、チャイナタウン(車窓から)、国立博物館(マレーシアの歴史や文化が分かって、これはなかなか面白い)、王宮(建設されたばかりで、やたら新しく豪華、門の外から見学と無料トイレの利用)、国家記念碑(リスボンの発見のモニュメントをちょっと思い出してしまいました)、国立モスク(外観のみ)、旧連邦事務局(これは歴史的建築で見応えがあります)、独立広場とそのそばのお土産屋(木工細工の土産物を売っていましたが、デザインもとてもおしゃれで現代的)でした。確か、その他の土産物屋も2か所ほど予定はされていたようですが、私たちが希望しなかったため、ろうけつ染めの工場だけとなりました。買い物はしなかったけれど、東南アジア共通の文化を感じることができます。

今回、成田エクスプレスで、観光先の説明が書かれたガイドブックを熟読したせいか、個人的には面白く感じたのですが、やはり訪問しないと勉強しないので、旅はレジャー以上の価値はあると思いました。マレーシアはスルタンが州ごとにいて、国の元首は5年ごろの持ち回りとなっている、なんていう仕組みは知る由もありませんでしたから。

その後、昼食会場へ移動。クアラルンプール一の繁華街、ブキッ・ビンタンにあるパークロイヤルホテル内の四川豆花飯荘で海鮮中華料理の昼食です。日本で食べるような四川料理を想像していましたが、ココナッツミルクなどで味付けされた初めての味わいの中華料理でした。なかなか美味しいけれど、量も多く、食べ慣れない味もあるので、ほどほどに抑えて終了。同じお店が新丸ビルにあるようなので、メニューや味付けが同じなのか、いずれ確かめに行きたいと思っています。

ガイドさんにはここで解散にしてもらい、少し街を歩いてホテルに帰ることにしました。パビリオンという巨大なショッピング・センターに入り、アトリウムの豪華なクリスマス飾りの中を、カラフルなブルカをまとった女性たちが歩いていく不思議な光景を見ながら、ペトロナスタワーの足元にあるKLCCショッピングセンターを目指して散歩・・・なのですが、パビリオンからKLCCまで、ガイドさんが教えてくれた、歩道橋が延々とつながっていて、非常に便利。空中回廊のようです。暑くないし、信号で待つこともないし。

KLCCの地下には巨大なフードコートがあり、あらゆる種類のカレーが食べられるようでした。

次回は、ホテルのプールと朝食について書きたいと思います。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

マレーシア・シンガポール7日間(その1) [旅行]

JL723は、積乱雲が林立する中をすり抜けるように降下し、次第にマレー半島の大地が良く見えるようになってきました。目をこらしてみると、どうやらヤシの木らしい。それも整然と並んでいるので、人が管理している森というか畑という感じで、ジャングルという感じではない。それにしてもヤシ・ヤシ・ヤシ・・・・あまりの広大さに「これ全部育てているのかしら?」と、俄かには信じがたいほどでした。

空港の敷地のところまで続くヤシの木のプランテーションを眺めていると、JL723は、積乱雲で揺れると警告されていたにも関わらず、そんなことを忘れるほどの優雅さで滑走路に着陸しました(機長の腕は素晴らしかったです)。

ガイドの迎えを受け、バスで一路クアラルンプールへ。JALパックのよいところは、送迎が専用車なのでプライベート感が高いところ。他の客に都合を合わせなくていいのは、ストレス減ですし、自分の興味に合わせた楽しみ方ができるので、とても有意義です。

それにしても市内へは遠い。クアラルンプールは初めてだけど、あの有名なツインタワーは遠くからでも分かるはず。しかし、行けども行けども暗い景色が続くばかりで、しかも高速道路の料金所では渋滞。1時間近くたってようやくまばゆいライトが見えるようになりました。これは成田以上に不便だわ~と思うところですが、ガイドブックによると、鉄道で30分程度で空港―市内は結ばれているようで、自由旅行の人はこのほうが便利ですね。

さて、この日と翌日のホテルは、マンダリン・オリエンタル。香港、バンコクに続き、自分にとっては3つ目のマンダリン・オリエンタルです。場所は、そのツインタワー(ペトロナスタワー)の真下で、伊勢丹などのショッピング・コンプレックスともつながって便利な立地です。

最初に驚いたのは、Merry Chrismas!と書かれた横断幕が入り口に大きく飾られていたこと。なんだ~、全然変わりないじゃない。マレーシアはイスラム教の国だから、相当クリスマスは控えめなのではないかと想像していたのですが、市内へ向かうバスの中でガイドさん(彼は中国系)が説明するところによれば、クリスマスは普通にやっているとのこと。ついでに、新年も旧暦の新年も祝うのでお休み、とのことで、アジア的に楽しいイベントであればよい、というイメージでしょうか。

ホテルのロビーに一歩足を入れれば、やはり一面、クリスマスの飾りつけ。クリスマス・ツリーも飾られています。ロビーはとてもゆったりして、重厚な豪華さがあります。う~ん、これから楽しみ。しかし、受付の人たちの働きぶりもとてもゆったり。これはマレーシア的というものでしょうか。

部屋はとても広く、内装もロビーの印象と同じく重厚な豪華さがありますが、とても落ち着く色調で気に入りました。バスルームもヨーロピアン・スタイルでゆったりしていて、トイレは仕切られている・・・と思ったら、扉がなかった。ちょっと区切られた空間にあるのですが、扉はないので、使い勝手としては普通の西洋的バスルームと同じです。マレーシア特有のビデもついています。

部屋の窓から外を見上げると、首が痛くなりそうなほど高くそびえるペトロナスタワーが。すごい・・・

もう夜の9時になっていたので、荷物を置いたらすぐにホテルの和食レストラン「和さび」へ。バスの中で、鍋焼きうどんみたいなのが食べたいなぁ~とぼやいていたのですが、メニューをみると本当に鍋焼きうどんがあったので、迷うことなく注文。消化のいいものにしておけば、明日からの食べ道楽も万全の態勢で臨めます。

そんな感じで、到着日は過ぎていきました。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

最後のヨーロッパ旅行 - 中欧四都物語 (その9) 帰国まで [欧州鉄道旅行]

ウェイク・アップ・コールに起こされて、そそくさと支度。朝食も料金に含まれていましたが、睡眠時間重視で、パス。何しろ、ケルンの到着時刻は6時15分頃なのです。どうやら列車は予定通り走っているようでした。支度が済んでカーテンを開けて景色を眺めると、もうすぐにライン川を渡り始めました。6月に何度も行き来した鉄橋を渡っています。なんだか、1周して帰って来たかのようで、これにはいたく感動しました。

無事ケルンで夜行列車を下車。ここで朝食をとる前に、一つ確認することがありました。ケルン駅の発車案内を見ると、乗車予定のICEは確かにブリュッセルの南駅行きでした。しかし、私が切符を手配した頃は、ICEはブリュッセルの北駅止まりだったようで、チケットの行先もそのようになっています。ブリュッセルではユーロスターに乗るので、南駅まで行ければそれに越したことはないので、駅の窓口で確認してみることにしました。ICEの出発時刻まで1時間半もあるので、時間は十分です。聞いてみると料金が同じだから、南駅まで乗って行っても全く問題ないとのこと。まあそんなことだろうと思いつつも、日本人だから事前に確認しておいたほうが、何かと安心というもの。

それでようやく落ち着いて、窓口の向かいにあったスターバックスでクロワッサンを朝食に少しくつろぎました。その間、トイレに行こうと思いましたが、行ってみたら案の定料金を取られるのでここでは止めて、スターバックスに戻る際に駅前のケルンの大聖堂を一眺め。6月に来た時のことを懐かしく思い出します。

その間に、ICEの1等のチケットを持っていればファースト・クラス・ラウンジが利用できることを発見し、そちらへ移動。トイレもそこのを借りたのでした。せこい。

6月にケルンに来たときは、帰路はThalysを利用したので、今回はわざわざ選んでICEにしました。そのため、ケルンでの待ち時間も長くなり、ユーロスターの接続もあまり良くなかったのですが・・・ICEの乗り心地も快適で、車内はむしろ明るく、新聞などを読むならこのほうがいい感じ。スピードは変わりません。

何度もこれまでにやって来たブリュッセル南駅も今日が最後です。イギリスの入国審査官が、私たちが1年イギリスに滞在した後に、数日したら日本に帰国すると知ると、なんとも悲しげな表情を浮かべました。震災のためでしょう。

そして待合室では、これまた何度も寄ったピエール・マルコリーニに寄って、11月にそこで買ったチョコレートの箱と中身が一致していなかったので変えてもらいました。こういうことって、日本ではほとんどありえないと思うのですが、さすがにイギリス生活1年を経て、驚かなくなりました。というか、またか! って感じ。そして、最後だからとこれは日本に持って帰るつもりで、いくつか買い足します。

こうして、なんとも複雑な中欧四都市巡りは終了したのでした。

日本に帰国後、今回の訪問地に関連のある本をいくつか読みましたので、ここで紹介します。

「ハプスブルク三都物語」

ハプスブルク三都物語 - ウィーン、プラハ、ブダペスト (中公新書)

ハプスブルク三都物語 - ウィーン、プラハ、ブダペスト (中公新書)

  • 作者: 河野 純一
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2009/11/26
  • メディア: 新書


「名画で読み解くハプスブルク家12の物語」

名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)

名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)

  • 作者: 中野 京子
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2008/08/12
  • メディア: 新書


「フェルメール全点踏破の旅」
来年はフェルメールの展覧会がいっぱい予定されていますね。見たものも見ていないものもまとめて全部見に行くつもりです。

フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版)

フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版)

  • 作者: 朽木 ゆり子
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/09/15
  • メディア: 新書


さて、この旅行から帰国した翌日に最後の引越荷物の搬出を終え(8時から17時の間と言われ、結局15時ごろ来ました・・・いらいらする)、その2日後にはイギリスを発ちました。慌ただしくて、暮らした街を味わう予定だった最後の1週間を失いました。(旅程の変更から来る経済的な損失も被りました。)

それでも、事故や事件に巻き込まれることなく、健康に1年間過ごし、旅行に関して言えば、バルセロナ-パリ間のキャンセルを除き、すべて予定通り遂行することができたことは、無宗教の私でも神に祈りたいほど。日本を発つ前には全く想像もしていなかった土地にまで足を運ぶことができ、幸運でした。今年のヨーロッパ情勢を思うとなおのこと、その思いが強くなります。

そして最後に(last but not least)、ずっと読んでくださった方には御礼申し上げます。遅々として進まず、もう年も変わろうという頃になってようやく書き終えることができました。今後、ヨーロッパに個人旅行で行かれる方にとって、少しでもご参考になれば幸いです。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

最後のヨーロッパ旅行 - 中欧四都物語 (その8) ドレスデン観光 [欧州鉄道旅行]

数年前の雑誌の特集で、第2次世界大戦の傷跡から見事に復活したドレスデンという記事と写真を見て、いつか行ってみたいと思っていたのですが、プラハからこうして列車で来るなんて思いもよりませんでした。結局、イギリスへの再入国をユーロスターによる陸伝いに限ったことで、ドイツを中心に走っている夜行列車を活用することになり、その路線図などを見ていくうちに、どうせならドレスデンも観光しよう、となったわけです。ですので、ドレスデンに寄ることを決めたのは、イギリス暮らしを始めてからだいぶ経ってからのことでした。日本を発つ前には思いも寄らないことでした。

朝一番に訪問するのは、もちろんツヴィンガー宮殿です。まず中庭を散歩し、庭を取り囲む壮大なバロック建築を観察します。その後は、アルテ・マイスター絵画館の鑑賞です。有名なのは、フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」とラファエロの「システィーナのマドンナ」など。ここにはフロアマップはなく、中に入ってキョロキョロしていると、係員のおばさんが「フェルメール?」と声をかけてくれました。だからドイツ人って好き! 日本人がキョロキョロしているだけで、分かってくれて(たぶんそういう日本人ばかりなのでしょうけれど)、そのように声をかけてくれる。それでフェルメールの絵のところまで案内してくれました。少し陰のあるフェルメールの絵。ここもこの絵の前には誰もいなくて、ゆっくりと鑑賞することができました。その後は、ラファエロの絵を探しにいき、鑑賞した後は、ゆっくり順番に巡っていきました。他にもマリー・アントワネットの若い頃の肖像画とか(それは、横を歩いていた日本人観光客のおばさんの話を聞いて気が付いたのでした。有難い。)、だいぶ忘れてしまったのですが、有名な絵画が多く、ゆったり配置されているので、ゆっくりじっくり鑑賞することができるいい美術館だと感じました。

ちょうどお昼どきになったので、エルベ川沿いに向かい、ラーデベルガーの直営レストランに行きました。ここと工場でしか飲めないという濾過前のビールが味わえるとあって、ビール好きには垂涎ものです。私は雰囲気を味わうだけですが、ウィンナーがやっぱりドイツは美味しいと感じるのでした。Radebergerは日本に帰ってから、デパートや高級スーパーなどで売っているのを見かけて、何度か買って帰り、ドレスデンのことを思い出すのでした。

その後、エルベ川に架かる橋を渡って、対岸からドレスデンの見事に復興なった街並みを味わい、再び戻って大聖堂の中を見学。とても質素なドイツっぽさを感じました。

それで再びツヴィンガー宮殿に戻り、陶磁器コレクションを見学しました。マイセンが近いだけあって、錚々たるコレクションが楽しめます。最初の部屋は、中国や日本の大ぶりな磁器が並んでいて、普通の博物館のようでしたが、次の部屋に入ると、動物の形の巨大な磁器ばかりが並んでいて、モチーフ自体があまり見ない面白いものであること、一つ一つが大きいこと、数が多いことなどから、すごく面白いというか、興味深いというか、よくまあこれだけ作らせたな、とちょっとあきれたりといろんな感想を抱きました。さらに別の部屋には、精巧な細工をほどこした巨大な磁器(食器ではなく、置物)がこれでもか、と並んでいて、その技術の高さには圧倒されました。

その後はツヴィンガー宮殿を後にして、ノイマルクト広場の方向に向かいました。広場回りにあるカフェの一つでしばし休憩。その時、今日の晩は和食が食べたいね、となりました。ここに来るまでにヒルトンの前を通ったのですが、そこに和食レストランの看板があったんですよね。それなりにおいしいとは言ってもやっぱりイタリアやスペインとは違うし、今回は疲労度も違うので、さすがに和食でほっと一息つきたい気分になりました。昨今の和食ブームで食べたいときに、食べれる環境があるというのは有難いことです。

休憩の後、フラウエン教会の中に入ろうと思ったのですが、理由を覚えていないのだけれど、結局入らず、この後ヒルトンの和食レストランの場所と開店時間を確認し、ドレスデン城へ。

ドレスデン城の展示すべてを見ることはできませんでしたが、数多くの手工芸品を見て、かなり満足したのを覚えています。

お昼があまりに軽かったので、もう腹ペコで我慢ならなくなった私たちは、開店時間の10分前にはレストランに着き、前に並べてあった椅子に座って待っていました。すると私たちに気が付いた日本人か中国人の女の子がお店を開けてくれました。おー、イギリスではありえない! と再び感動。何を食べたかまるで覚えていないのですが、とにかくほっとしてくつろげたことを覚えています。

この日は、夜9時前にドレスデンを発つ夜行でケルンに向かいます。雑誌で見たCity Night Lineは豪華寝台列車との触れ込みでしたが、来た列車を見ると普通の特急列車のようです。やっぱりハンガリーあたりの車両のようです。かなりがっかり。それでこの列車は、ハンガリー辺りからきて、ケルン止まりだと勝手に思い込んでいたのですが、なんとアムステルダムまで行くのでした。ケルンで乗り遅れないように気を付けなくてはなりません。私たちが予約した席は、個室でシャワー・トイレ付の一番いいものではありましたが、アメニティなどはルジタニアのほうがはるかに良く、再び落胆したのでした。まあ、いいでしょう。夜行の旅もこれが最後。もうこんなことは経験しないに違いありません。

明日の朝も早いので、すぐに着替えて寝に入ってしまいました。

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

最後のヨーロッパ旅行 - 中欧四都物語 (その7) プラハ2日目、そして最後の訪問地ドレスデンへ [欧州鉄道旅行]

じんましんは出たものの、この日は急性だろうと思ってさほど気にしていなかったので、ぐっすり眠ることができました。プラハまで来たことで旅も後半戦に入り、またヨーロッパのテレビニュースのトップは、原発事故からリビアに対する国連の制裁決議に変わっていたので、事故の状況は好転こそしていないにしても悪化はしていなそうだ、と推測できたことから、少し緊張感がゆるんできたのかもしれません。

この日は何はともあれ、プラハ城です。昨日歩いた旧市街を再び味わいながら歩き、カレル橋を渡って、今日は険しい坂を登っていきます。このマラー・ストラナ地区も、旧市街の複雑な街路ではないものの、魅力的な雰囲気が漂っていることには変わりありません。坂道の両側のお店などもチェックしながら、折り返しの道を曲がればプラハ城はもうすぐ。お城はどこも街で一番の高台にあることには変わらず、このプラハ城も例外ではありません。坂を登り切ったところから眺めるプラハの街はまた格別でした。

前回来たときは城の回りをぐるっと歩いただけでしたが、今回は城の中も当然見学します。チケットを購入し、旧王宮から順番に見学していきました。少し変わったと思ったのは、前回は聖ヴィート大聖堂の中は自由に見学できたと記憶しているのですが(写真も残っています)、今回は料金を払った人のみが奥まで入れるようになっていました。この大聖堂のステンド・グラスはとても素晴らしく、ミュシャの作品もあります。また、今回あれっと思ったのは、黄金小路を見逃してしまい、おかしいなぁ、と思って戻ってみたら、黄金小路の入り口が閉鎖されていて、どうも中が工事中のようなのです。この小路はとても印象に残っていたので、入れないのは残念でした。聖イジー教会、聖イジー修道院など一通り見学して、お昼近くなったので、カレル橋近辺で食事にすることにしました。

ガイドブックを頼りに、目当てのところを探しますが、なかなか見つからず、少しくじけ気味に。思ったよりも歩いたところに目当てのレストランはありました。それは、カンパ・パークか系列のヘルゲトーヴァ・チヘルナのどちらかで、ホームページを見ても、どちらか全く思い出せないところが情けないのですが・・・ここで久々にパスタをいただきましたが、予想以上においしくて大満足。カレル橋を見事に見渡せる絶好のロケーションと相まって、素敵な思い出となりました(なのに、思い出せない・・・)。

この後旧市街を通り抜けて、火薬塔のところで右手の道を取り、ボヘミアン・クリスタルで有名なお店Moselに立ち寄りました。実は、以前来たときは旧市街のクリスタルのお店で買い物をしたのですが、確かここだったのにと思うところ(当時使ったガイドブックを利用していたので、場所は間違いないと思うのですが)に、ハードロック・カフェなどがあります。それで諦めて、Moselに行くことにしたのです。見るだけのつもりで、実際、あまり好みのものが見つからなかったのですが、一つだけ、小ぶりでシンプルなデザインのグラスがあり(おちょこの少し大きいぐらいのもの)、これを購入することに決定。それでお店をさらにぶらぶらしていると、なんと、ヘレンドも売っているのです。ブダペストにいたときは、すっかり落ち込んでいて本店に行く気力もなかったのにここで目にすることができるとは。もちろん、商品数は段違いに少ないはずですが、まさにうちの好みと言えるカップ&ソーサーがあったのです。この出会いに抗うことができず、これも1セット購入してしまいました。

その後はヴァーツラフ広場に行き、プラハの春の記念碑を見学した後、いい時間になったのでホテルに戻ることにしました。

この日は16時半にプラハを発つ列車で、ドレスデンへ移動です。列車は出発時刻よりはだいぶ前に到着し(昨日来たときもそうでした)、予定通り出発しました。この日の列車で予約した座席は、久々のコンパートメント式で、他の客がいなければ個室のようでとても快適。夫はまだ飲んだことのないチェコのビールを頼んで、ご機嫌です。列車は、モルダウ川沿いをずっと進み、結局ドレスデンまで川沿いでしたので、いつのまにかエルベ川に名を変えていたのでしょうね。プラハからドレスデンまでは、わずかに2時間15分です。

ドレスデンに着いたときはもうすでに日は完全に落ちてしまっていたので、やはりタクシーでホテルに移動。これがまたタクシー乗り場が駅の案内に見つからず、ずいぶん探してしまいました。明るければトラムもいいんでしょうけれど。

この日のホテルは、最後なので豪華にケンピンスキーです。と言っても、ここドレスデンのケンピンスキーは目の飛び出るようなお値段でなく、逆に「え? これで泊まれるの?」と驚くほどです。ヨーロッパ旅行の最後を締めくくる晩ですし、また、場所も何より行きたいツヴィンガー宮殿の横という至便さなので、ここに決定しました。

ホテルのエントランスに着くと、確かにかつての貴族の館のようで、豪華で、品の良さを感じます。ロビーからフロントに一直線に進んでいくと、こちらが名乗る前にフロントの女性がこちらの名前で呼びかけます。夫はドイツ語で練習していただけに拍子抜けして、ある意味ガッカリ。でもすごい。これが一流のサービスというものか。いくら到着予定時刻を事前に伝えていたからって、そう呼びかけてくれるホテルはあまりありません。

フロントの女性の対応も実にテキパキしていて、機敏です。あぁ、やっぱりドイツに来るとほっとする、と日本人である私はくつろいでしまいます。部屋まで案内してくれたおじさんもものすごい速足で歩き、とにかくすべてが迅速。やっぱりドイツは違う、と別の国から来ると痛く感じ入ってしまいました。

しかし、フロントから部屋まで、宮殿のような造りの廊下を歩き、すっかり迷子になりそうでした。実際、なかなか1回で出口までたどりつけませんでした。また、部屋に案内されて、あまりの広さにまたビックリ。この値段で、こんな部屋に泊まっていいんですか! と本当に驚きました。

この日はもう暗かったので、ホテルで夕食(この日も、、、ですね)。疲れていたので、カジュアルなビストロ風のレストランを選んで、再びシュニッチェルを食べました。が、こんな一流ホテルのレストランにも関わらず、強烈な塩味で食べるのが大変なほどでした。ちょっとがっかり。

食事の後は、一連の旅の最後のホテル宿泊なので、ゆったり、のんびり過ごしました。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

最後のヨーロッパ旅行 - 中欧四都物語 (その6) 美しいプラハに再び魅了され [欧州鉄道旅行]

結局ぐっすりと眠ることなく無常にも目覚ましが鳴り、朝が来てしまいました。相変わらず風の音が強いのですが、カーテン越しに外を見ると、普通に車やトラムも動いています。まあ余計な心配だったわけですけれど、今は通常の心理ではいられないのも仕方ありません。

この日のウィーンは冷たい雨。前の日にフロントで聞いたところでは、すぐにタクシーは手配できるということだったので、チェックアウトのときにタクシーをお願いしました。来るときは地下鉄でしたが、事故や故障などで動かなくなると困るので、ここはタクシーで移動です。

この日は9時半にウィーンのMeidling駅を発ち、プラハに向かいます。ここは遠くて5時間近い旅になります。日本を発つ前に書店でガイドブックを見た際、中欧3か国を鉄道での移動は厳しいかな~と思ったのですが、それがこの区間。でも、もうパリ~ニース間5時間とか、氷河特急8時間とか経験した後だと、なんてことないって風に普通に企画してしまいました。

余裕を持って着いたので、駅の待合室で暖を取ります。ホームを見に行くと、ホームは少し高い所にあることもあって、猛烈寒い。3日前のブダペストがウソのようです。駅の待合室には、日本人の家族・親戚らしいグループがいました。そういえば、ヨーロッパ旅行では最近中国人の進出が著しいですが、この旅行ではまだ見かけていないです。

列車の到着が近くなるとホームへ移動。到着した列車は、昔風の特急列車で、あまり最新鋭ではない様子。中でトイレに行ったときに、車両の扉のところにハンガリー全土の地図が出ていたので、ハンガリー国鉄の車両かもしれません。

プラハまで長いので、ここではお昼に食堂車で食事をしました。食堂車っていいですよねぇ。でもこの列車のはまさに「食堂」風で、メニューもあまりめぼしいものがなかったのですが、チキンカレーを選択。なんだか不思議な味でしたが、まずまずでした。この間、標高の高い所を通っているのか、雨が雪に変わっていました。確かに周りの風景は、森の中です。ボヘミアの森だろうか~などど思いつつも、プラハもこんな雪だったらつらいだろうなぁ、と思うのでした。

実は私はプラハに数年前に来たことがあるのです。ほぼ今回と同じ時期で、3月の初めのプラハはまだまだ寒かったのを記憶しています。だいたい、最高気温が2度ぐらいで、みぞれが降っていました。今回の天気予報ではそこまで寒くはないようですが、列車からしんしんと降る雪を見ると、寒そうだな~との思いが強くなっていきます。

しかし、プラハに近づいたら雪は止んでいました。長い列車の旅ももう終わり、いよいよ美しい街プラハに到着です。数年前に来たときに旧市街のあまりの美しさに感激して、写真を撮りまくり、寒いのにあちこちフラフラと散策して魅了されていたのを思い出します。今回初めて来た夫がどんな感想を持つか楽しみです。

プラハの駅では、出口が今一つ分からず、駅構内をだいぶうろうろしてしまいました。つまりはとても大きい駅なので、次の出発のときは時間をつぶすのに困らなそうですけれど、時間をだいぶ無駄にしていまいました。その後、ホテルに向かうも、どうも反対方向に進んでしまい、時間に加え、エネルギーまでロスしてしまいました。幸い、私が見覚えのある建物があり、それがそうとなると、ホテルは反対方向のはず、と分かったのでした。それで位置感覚も分かり、もう大丈夫。なのですが、プラハの美しい街は、古い石畳でどこもガタガタ。雰囲気はとてもいいのですが、スーツケースを引きずるのはかなり大変でした。せっかく直した車輪もすぐに痛みそう・・・しかし、この間、すでに真っ黒の火薬塔が見れて、もう感激! 

この日のホテルはマリオット。その数年前に来た時と同じです。ホテル自体とても良かったし、旧市街の観光には抜群のロケーションで、なおかつ鉄道駅にも歩いていける、ということでここにしました。

荷物を置いたら早々に観光に出発。まず近くにあったイタリアの銀行Uni CreditのATMで現地通貨を引き出します。チェコもまだユーロが導入されていないんですよね・・・それから市民会館を眺めながら(前にここで夕食を食べたことを思い出しながら)、火薬塔へ。

火薬塔のたもとに中世の騎士のような恰好をしたお兄さんが呼び込みをしていて、それにつられるように塔に入ることにしました。中に入るのは初めてなので、これは楽しみ。それなりの高さがあるので、上まで登るとプラハ市街が一望でき、それはそれは見事です。これから行く旧市街の方向や、今歩いてきた駅の方、プラハ城など360度のパノラマを確認しながら楽しみました。

火薬塔を後にし、旧市街広場へ向かいます。この辺りからの街並みが本当に素敵。ヨーロッパに素敵な街はいっぱいありますが、プラハの魅力は格別に感じます。すでに夫も大感激の様子。キョロキョロと見入っているうちに、旧市街広場に到着しました。

この広場も歴史的な建物に囲まれ、とても素敵なところです。2本の尖塔が印象的なティーン教会や、仕掛け時計で有名な旧市庁舎など見どころが豊富です。また、ヤン・フスの銅像なども建っていて、美しいだけでない激しいプラハの歴史の一面も少し考えさせられたりもします。この日はマーケットが並んでいて、とても賑やかでした。

それから迷路のような旧市街の街並みを歩いた後、いよいよカレル橋です。この火薬塔から旧市街広場を経て、カレル橋に至る街が私は大好きで、初めて来たときは目を奪われて何度もこの辺りを行ったり来たりしたのを覚えています。まさか再び来れるとは。そして、カレル橋とモルダウ川。向こうにはプラハ城。これもまた旧市街とは別の魅力をたたえています。私が来るときはいつも暗い曇り空のせいか、「陰」のイメージなのですけれど。そして絶対にスメタナの「わが祖国」のメロディを心の中で奏でてしまうのです。曇り空がピッタリ! さらに、プラハの春と重なってしまうのですね。。。美しさと裏腹な悲哀のこもった歴史に思いを馳せずにはいられません。

カレル橋を渡り、プラハ城までは登りもきついし、遠いから、もうちょっとで引き返しましょう、となり、マラー・ストラナ広場にある聖ミクラーシュ教会を観光してこの日は終わりとすることにしました。ここも前回入らなかったところなので、楽しみでした。入ってみると大理石の柱などがピカピカしていて、比較的最近修繕したのかしら、と思うような造りでした。そのためか中欧の教会にしては、豪華さを感じてしまいましたけれど。

この日の夜もやはりホテルのレストランで夕食。客も私たちしかいなくて、サービスしてくれるのかな、という雰囲気でしたが。地元プラハの料理らしいものと、珍しいチェコの赤ワインを味わいました。

しかし、この日の夜、じんましんの発疹が。。。これまでの心労がたたったのでしょうか。なんらかの料理のせいかもしれませんが、ストレスの影響もあるに違いありません。これがきっかけで、帰国までたびたび発疹が出て、結局これが帰国後の強烈な慢性じんましんへと発展してしまったのでした。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行
前の10件 | -

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。